Yggdrasill WorkS

神代樹、音無涼風による総合創作サークル「Yggdrasill WorkS」のサイトです

1:新米警備兵の災難

 エルク・ルシオンは揺れる馬車の中、絶妙にサイズの合っていない鎧が定期的にずれる問題に悩まされていた。支給品とはいえ、サイズを調節する時間ももらえなかったのは不幸と言えば不幸である。
 これから向かうレグン町は、アルティア王国フォルシナ領の中規模都市である。王都エデュッセルを朝一に出て馬車で行けば昼前には着く程度の距離。近くはないが決して遠くもないこの距離が、今の彼には非常に長く感じられた。
 町に着いたらまずは警備隊の詰所へ向かうことになっている。今日付での配属命令書が、昨日には警備隊長のもとに届いているはずだった。
 レグンの警備隊は、町の性質上、その人員の大半が地元出身者である。外部からの転属者などおそらく前代未聞であろう。どのような反応をされるかは想像に難くない。とはいえ、彼らと『うまくやる』つもりはエルクにもなかった。任務さえきちんと果たせればそれ以外はすべて些末なことである。
「お客さん、新米の兵隊さんかい?」
 そろそろ荷物の確認でもしようかと思った頃、ふいに御者が尋ねてきた。
「まあ、そんなところです。見て分かるものなんですね」
 個人的には世間話をしない事務的な御者のほうがよかったのだが、質問されてしまっては無視もよろしくない。とりあえず無難な返事をする。
「私はほとんど王都とレグン辺りの往復しかしてないもんでね」
 警備兵の鎧を着た見知らぬ男が王都からレグンに向かうのなら、つまり新入りの警備兵に違いないということだ。
「レグンはね、良い所ですよ。都会ほど便利じゃないですが代わりに穏やかですからね」
 どうやら世間話に火が点いてしまったらしい。エルクは少々後悔した。聞きもしないのに一人で話を進める輩というのは、端的に言ってつまり邪魔である。これは当然年齢や性別に左右されない。なにも商店街の主婦だけが与太話を好むわけではないのだ。
「もともと土地はあまりよくないんですが、町の真ん中にセルミオって川が流れてて、街道沿いの宿場町への水運でもってる感じでね」
 町の真ん中に川があるというより、町が川を挟んで発展していったと聞いているが、まあこの御者にとってはどちらでもいいのだろう。
 もしかしたら何か面白い話も混じるかもしれない。エルクは適当に相槌を打ち、好きに喋らせることにした。
「川の東はいいんですが西側はえらいスラムでね。まあレグンが大都市になれないのはそれが理由だって言う者もいるそうですよ。ちなみに、当たり前ですけど東と西を行き来するには川を越えないといけないんで。一応橋が三つあるのと地下通路もあるんですが……この地下通路ってのがまた曲者でね。大きな街じゃあまり聞かない話でしょうけど、実はこの地下通路は魔物が自然発生するらしいんですよ」
 それは知っている。というか、それが今回のレグン行きの理由である。もちろんここでそれを説明するつもりはないが。
「だから一般人はまず使わない。噂じゃスラムの住人、特に孤児グループがそれに付け込んで根城にしてるそうで」
 孤児が多いのはアルティアならではか。歴史上、もっとも近い戦争はこの国で起きている。というより、その戦争がアルティア王国を作った。ならば国内に孤児が多いのもさもあらんというところか。
 魔物はともかく子供の相手は苦手だ。なまじ人間であるだけに半端に意思疎通できてしまい、いろいろと躊躇われてしまう。
 溜息をつこうとしたところで、御者がこちらを振り返った。間の悪さに鼻白む。
「そろそろ着きますよ、お客さん」
「ああ、ありがとうございます」
 床に置いていた荷物を担ぎ上げて間もなく、馬車が動きを止めた。御者に手を挙げて馬車から降り、財布が荷物の一番奥にあることを思い出して顔を顰める。まあ、よくあることだ。気にせず荷物を下ろし財布を取り出した。
「ところで、警備隊の詰所の場所はご存知ですか?」
「ああ、そうだね。この通りをまっすぐ行けば右側に見えてきますよ。まっすぐなんで大丈夫だと思いますが、くれぐれもスラムには入らないほうがいいですよ」
 さてこの御者はこちらが警備兵の鎧を着ていることも忘れてしまったのだろうか。とはいえ問い質す気にもならずエルクは数枚の金貨を差し出した。もちろんチップ込みでの枚数である。御者は満足げににやにやすると、街道を引き返していった。
(まっすぐ行けば詰所、向かって左はスラムか……さて)
 もちろん、寄り道をしている場合ではない。しかしスラムを事前に見ておくのもそれはそれでメリットがありそうだった。
 レグン西のスラムは、つまりはこの国を生んだ《百年戦争》の傷跡のひとつだ。
 初代国王ワイザー・アルティウスは、建国記念式典の演説で戦災難民について「どこにも行けないのならば、どこにも行かなければいい」と短く語った。戦争で行き場を失った人々に対し、国は手を差し伸べない代わりに一切拒否もしないと宣言したのだ。当時のある新聞記事の言葉を借りれば、『前向きに放置した』ということになる。それを受け、当然国内には難民が寄り合った村落がいくつも作られた。それすらも、彼らが望みさえすれば認可したし国が発行する地図にも記載した。現在アルティア国内には認可の有無を合わせると百四十八の難民村が存在し、国民の五十人に一人は難民村の住人である。
 難民村が発展し町として認められた例は少ない。僅か二十三年という短い歴史ではあるが、それでも数例しかないというのは国家全体の発展速度に鑑みれば少なすぎると言える。
「だからこそのひずみ、か」
 レグンとは、つまりそういった町だった。偶然水運の基点の一つになったことが、難民村であったレグンに歪な発展を呼び起こし、スラムを抱え込んだままの現在の姿を生んだ。
「スラムを通って詰所に行こうか。それくらいの時間ならありそうだ」
 詰め所で待っている例の『隊長殿』の性格なら、遅刻であれば一秒でも一日でも変わらない。開き直って自分の興味に従うことにした。
 と、
「あの……ちょっといいですか?」
 横手から声がかかった。弾かれたようにそちらを見やる。
 そこには一人の少女がいた。年の頃は十五から十八くらい。小柄で、自分の胸元くらいまでの身長しかない。肩口で揃えた少女らしい髪型の栗色の髪。半袖の上着と短いスカートは、温暖なこの地域とはいえども肌寒そうに見えた。
「その鎧って、この街の警備兵のものですよね?」
 少女の大きな瞳は、鎧の肩口に刻まれたレグンの街の印をまっすぐに見つめていた。
(なんだ、ただの子供か――)
 エルクは内心胸を撫でおろした。一切の気配を感じなかったので警戒していたが、考えてみれば相手は一般人。自分が普段相手にしているようないわゆる敵意を含んだ気配を感じさせるはずもないのだ。
「ああ、そうだけど。どうかしたのかい?」
 とはいえそんな考えを表面に出すわけにもいかず、努めて冷静に尋ねる。
「実は地下通路のことなんですけど」
「魔物が出る地下道だね? 僕は今日来たばかりだけど一応情報は入っているよ」
「はい。そこに私の弟が迷い込んじゃったみたいなんです」
「なんだって?」
 一般に、自然発生する魔物の多くは低級種族である。しかし――
(市民からすれば脅威に変わりはない、か)
「分かった。僕が行こう。どこに行けばいいんだい?」
「ありがとうございます。こっちです」
 言うと少女は走り出した。
 ――驚くほどの速さで。
「なっ!?」
 思わず間抜けな声を上げる。意外な光景に思わず追うことも忘れ、走り去る少女の後ろ姿を眺める。
 こちらを振り返りもせず、むしろ逃げるように駆けていく少女。その手に握られているのは――
「僕の財布っ!?」
 こうしてエルク・ルシオンは、着任前にして文無しになった。