Yggdrasill WorkS

神代樹、音無涼風による総合創作サークル「Yggdrasill WorkS」のサイトです

2:フェリシアとカイル

 戦災孤児――《百年戦争》が残した黒い爪痕、負の遺産。それは戦争終結後に生まれた子供たちにとっても例外ではなかった。自分の生まれる前に終わっていた戦争の余波が彼らから親兄弟を無情に奪い、多くの子供達を絶望に突き落としていた。
 孤児達の多くはアルティアに集まり、町ごとにいくつかのグループを作って暮らしている。《百年戦争》によって生まれたこの国では、孤児に対する目も他の国ほど冷たくはない。
 フェリシア・クレンベルトは、このレグンの町で、《龍の牙》を名乗る孤児グループに所属していた。リーダーを除けば最年長であるため、事実上の副リーダー兼女子代表でもある。
「へえ。冴えない顔の割に結構持ってるじゃない」
 つい先ほどの『戦利品』を確認するフェリシア。新任の警備隊員だからさほど期待はしていなかったのだが、思ったよりその財布の中身は多く、幸運を噛み締めていた。
「こっちに来てからいろいろ準備するつもりだったのかなー。それにしては結構な大荷物だったけど」
 誰も聞いていない部屋で独り言を発することに意味などない。ただ、黙っているより僅かばかり思考の整理がつきやすいだけだ。
「紙幣ばっかり入った財布なんて初めて見たかも。やっぱり都会から来た人は違うね。――ん?」
 ふと、財布の中に、金とも領収書の類とも違う何かが入っていることに気が付いた。
「何だろう。……アクセサリー?」
 それは、何かの紋章のような形をした金属の塊。一端に鎖がついている。長さはちょうど――
「大人の男の人の首に回してちょうどいいくらいだよね。じゃあネックレスなのかな」
 それにしても初めて見る意匠だった。天空と光の神フェルティウスのものにも似ているが、少なくとも、フェリシアが知っているどんな神の意匠とも国家や貴族の紋章とも一致しない。
「オリジナル……それとも宗教?」
 自分の家系を立てたいと考えた誰かが伝統や意味を無視して勝手に紋章を作るということは、昔から時々あるらしい。一代で平民から貴族となったマクバドール家のような史上唯一の例外もあるが、多くは碌に名を上げられず消えていく。これもそういったものだろうか。 
 あるいは宗教団体あたりも独自の紋章を作っていることが多い。崇めるべき偶像として、もしくは布教の際の看板として。新興宗教が世界中で泡沫が如く生まれては消えているこの世界で、見たこともない紋章の宗教などいくつあってもおかしくはない。
 あの冴えない警備兵からはどちらの匂いも感じられなかったが、まあそもそもフェリシアにとってはどちらであっても関係ないことだった。
「問題は売れるかどうかだよね。何だか分からないものだったら買い取ってもらえないかもしれないし。あたしが知らないだけの市販品のほうがまだマシかな」
 紋章を眼前まで上げてぶらぶらともてあそぶフェリシア。どうやら文字や銘のようなものはどこにもないようだが、市販品でないという保証はない。いずれにせよ、見てもらうまでは分からないだろう。
 と、倉庫の扉を開け入ってくる人物があった。
 それは一人の少年だった――といってもフェリシアや他のメンバーよりは年上だが。緑を基調とした服に、同色で同じ柄のバンダナ。黒髪黒目、皮肉気に吊り上った年齢には不釣合いなほど鋭い両の眼は、少年の生い立ちの一部を容易に想像させた。
 《龍の牙》の総リーダー、カイル。家名は誰も知らない。というより、フェリシアのように家名がありそれを覚えている方が稀である。
 カイルの視界に入っていないうちにこっそりと財布を懐にしまい込むフェリシア。慌てて立ち上がりカイルに向けて手を挙げた。
「あ、おはようカイル。今日は遅かっ――」
「お前、警備兵の財布スっただろ」
 唐突に突きつけられた言葉に、フェリシアの背筋が凍る。何故バレているのか……いや、それより、
「いや、それは――」
「なんでだ?」
「新人みたいだったから――」
「答えろ」
「だから、からかうつもりで――」
「窃盗は犯罪だ」
 フェリシアはびくりと身を震わせた。
「俺がお前達に最初に言ったこと、忘れてないよな?」
 スラムの孤児といえども、自分たちは人として生きているということを忘れてはいけない。最低限の誇りだけは捨ててはいけない。そう言ってカイルは犯罪行為だけは禁止していた。
「ルールを破るってことは、人間として生きているという主張の放棄だ」
 言ってカイルは腰の得物を抜く。大振りで肉厚のナイフである。初めて知り合ったころから持っている虎の子だ。
 フェリシアの身に緊張が走る。だが、特に何をするでもなくそのナイフを両手でもてあそびながらカイルは続けた。
「ただの出来心ならそれでも構わない」
 ほっとため息をつくフェリシア。直後、銀の光が走り、その鼻先にカイルのナイフが突きつけられた。額に汗がにじむ。ごくりと大きな音を立て唾を飲み込む。
「――構わないから、とっとと返して来い」
 言うカイルの目は決して冗談には見えなかった。というより、そもそも彼は冗談を好まない性格だというのはフェリシアはよく知っていた。こいつは十年前からずっとこうなのだ。
「ねえ、なんであたしが警備兵からスったこと知ってたの?」
 こんな状況で言うことではないと思いながらも、こらえきれずフェリシアは訊ねた。いかにカイルといえど、何の情報も無く見抜くなんてことができるはずがなかった。
「なんてことはねえよ。ここに来る途中、当の本人が世間話で言ってるのを聞いたんだ」
 分かってみればなんということも無い話だ。しかしその程度にも思い当たらなかったことがフェリシアの動揺を如実に示していた。
「まあとにかく、頭を下げて謝れとは言わねえから、早く行ってこい」
 額から汗を垂らしながら、フェリシアは頷いた。財布を懐から取り出し、中身を確認し、また懐に戻す。
 その間も、またフェリシアが横を通り過ぎる間も、カイルはずっと無言だった。が、
「――なあ、フェリシア」
 ドアを開けようとしたところで声をかけてくる。
 訝しげな表情でフェリシアは振り返るが、しかしカイルはこちらを向かず、背中越しに続けた。
「お前、何でココにいるんだ?」
 ――しばしの沈黙。
「それは……あんたが一番解ってるでしょ?」
「そうか」
「あんたこそ、何でいまさらそんなこと訊くの?」
 カイルは答えず、ただ右手を挙げた。言うつもりはないのだろう。大事そうな話のときほど口を重くする。昔からそういう奴だった。
 フェリシアはそれ以上続けようとするのを諦めた。