Yggdrasill WorkS

神代樹、音無涼風による総合創作サークル「Yggdrasill WorkS」のサイトです

3:《龍の牙》

 アンディ・ウォーレック警備隊長はその話をただ黙って聞いていた。そして。
「《龍の牙》のガキどもだな」
「龍の牙?」
 エルクは首を傾げた。
 アンディは椅子から立ち上がり、戸棚から煙草を取り出す。ラプロスでしか売られていない銘柄で、彼のお気に入りだった。箱から煙草を一本だけ取り出し、打ち石で火を点ける。そこまでを片手で手際良く行うと、アンディは言った。
「スラムのガキどもが集まって作ったグループの一つだ」
「レグン特有の孤児集団ですか。しかし私が会ったのは女の子でしたが……」
「孤児に性別が関係あるか?」
 アンディの言葉はにべも無かった。
「年齢もだがな」
「と言いますと?」
 解らんのか、とでも言いたげな目でエルクを睨むアンディ。
「あの戦争からもう二十三年も経っているということだ」
「なるほど、それもそうですね……」
 終結後に生まれた子供ですら、今では二十二歳。アルティアでなくても成人している年齢だ。自分がそうだからよく分かる。《百年戦争》の余波が未だ尽きてはいないことをエルクは思い出した。
「まあそれなりの年齢の者は幾分大人しいがな」
「無闇に罪を犯さないということですか」
「だからといって許されはしないがな」
 相手の返答を待って半否定で返すのがこの男の癖のようだった。面倒なタイプである。
 エルクは少々この男――仮にも上司なのだが――を鬱陶しく思いながらも、とりあえず会話を続けた。
「ということは、ここへ来る前に聞いていた仕事内容のほかに、その孤児グループへの警戒や牽制なども職務に含まれるのですね」
「そうなる。場合によっては駆除もな」
 駆除、と言った。ためらいなく。
 法律上はスラムもレグン町の一部とされている。この町を護ることが職務たる警備隊の、その長が。
 エルクはさすがに釈然としないものを感じたが、ぎりぎりのところで表情には出さず踏みとどまった。おそらくは。
「だがな――」
 そこまで言うとアンディは、いつの間にか吸いきっていた煙草を灰皿に押し付け火を消すと、すぐさま次の一本を取り出す。
「今問題なのはむしろ地下通路の魔物のほうだ」
「ええ、近年の凶暴化は聞いています」
 残った煙にむせながら、エルク。
「いえ、むしろそれはこの町の地下通路に限りません。全世界規模で、自然発生する魔物の凶暴化は進んでいるようです」
 統計によれば、少なくとも十年は前から被害は拡大の一途をたどっている。かく言うエルク自身も、それを肌身で味わった一人だった。彼自身は言うに及ばず、友人親類も何度か魔物の被害に遭っている。この町まで来る途中など、通りすがりの魔術士が助けてくれなかったら無事では済まなかったであろう程の魔物にも遭遇した。
 魔物の凶暴化の原因には諸説あるが、そのほとんどが眉唾なオカルトの類に過ぎず、魔術的にも科学的にも信憑性に乏しいものだ。無論、一般の人間には本当の原因など知る由もないのだから当然ではあるのだが。
「今はまだ我が警備隊の戦力でも充分対抗できている。隊には何名かの魔術士もいるのでな」
「しかし限界も近いということですか」
「国から直々に掃討命令が下るのも遠くないだろう。そこでだ」
 煙草をはさんだ指を突き付けてくる。嫌な予感がした。
「その前に我々の力のみで魔物どもを蹴散らす」
 的中だった。
 反射的に飛び出しそうになったいくつかの言葉を飲み込みながら、アンディに気づかれないようにため息をつく。冷静さを取り戻すため、一呼吸余分においてから、問う。
「しかし自然発生の仕組みが解明されていない以上、実質不可能なのではありませんか?」
 それを専門に研究する魔術士の間では半ば解明されているとも聞くが、一般にはまだ謎のままなのである。公的な討伐任務ですら、作戦圏内で確認された数の殲滅もしくは捕獲をもって終了とするしかない現状だ。つまり控えめに言っても無謀としか思えなかった。
「しかしやらねばならんのだよ。我らレグン警備隊の誇りにかけてな」
(ああ、そうか――)
 エルクには、アンディの意図が分かった気がした。
(ウォーレックといえば、先の《百年戦争》で没落した中流貴族じゃないか)
 要するに実際の益や功績よりもそれを得るための“誇りある行動”に重きを置くタイプの人間だということだ。
 手に入れた、もしくは持っていた栄光を諦めきれない没落貴族はとても多い。プライドが邪魔をして没落を受け入れられないのである。エルクもこれまでに何人もの没落貴族を見てきたが、その多くが元貴族であることを心の拠り所にしていた。
(こういう意識は、貴族よりも“元貴族”に多いんだ。貴族たちのほうが、誇りだけじゃ何もならないこと、実(じつ)も重要であることを分かってる……)
「しかしながら隊長殿」
 内心の淡い嘲笑は表に出さず、エルクは告げた。
「自然発生の魔物ということはイコール戦力不明。どれほどの人員を割くのか、また被害はどれほどになるのか。その辺りのことはどの程度検討されたのでしょうか?」
「そのようなことは重要ではない」
 アンディは断言した。いともあっさりと。
「魔物討伐のために警備隊が立ち上がり、そして戦う。そのことにこそ価値があるのだ」
 握り拳を突き出してくるアンディを見て、エルクは確信した。
(無駄だな)
 それは魔物を全滅させようとする計画――とも呼べぬ思いつきのことか、それともアンディを踏みとどまらせようとした自分の考えのことか。
(いや、どちらでもいいか)
 そう、どちらだとしても変わらないことだ。今ここで自分が何を言おうとも、この隊長は止められないし地下道の魔物を全滅させることなどできない。それはどう考えても明白だった。この隊長殿が気付かなかったとしても。そして、もしかするとこの町そのものが――
「無論それは君も例外ではないよルシオン君。王都からの推薦で来ようが、今日から君は私の部下でしかないのだからな」
(やれやれだ。心底)
「では隊長殿」
 エルクは思考を切り換えて、とにかく事態を把握することを考えた。
「その掃討作戦とやらは、いつどのように実行されるのですか?」
 日時、戦力、そして戦略と戦術。それを解っているといないとでは自ずと自分の取るべき行動も違ってくる。願わくばこんな愚行は事前に止めたいのが本音だが、止めても無駄なら仕方がない。
「うむ。それはな――」
 答えてアンディが放った言葉に、エルクは自分の耳を疑った。