Yggdrasill WorkS

神代樹、音無涼風による総合創作サークル「Yggdrasill WorkS」のサイトです

4:《急報》

 今……何と言った?
 隊長が言い放ったのは、エルクが想定していたどんなパターンとも異なっていた。一瞬だけ、脳が理解を拒否していた。
「隊長殿、それは本気で仰っているのですか」
 その質問は、怒りの声音を隠していなかった。いくらこの隊長とはいえ、とても本気で言ったこととは思えなかった。
「当然だ」
 アンディの返答も、一切の躊躇いがなかった。本気で言ったということなのだろう。つくづく信じられなかった。
「考え直してください。無謀……いやそれすら通り越して、はっきり申し上げて愚かだと言わざるを得ません」
「何が愚かなのだね? 遅かれ早かれ我らがやらねばならぬこと。いつ行動に移そうが変わりは無い」
「変わりがないのは――」
 ――そもそもが無謀で馬鹿げた作戦だからです――
 言いかけた言葉をエルクは飲み込んだ。ここでこれ以上この隊長を煽ることもない。下手なことを言って更に無謀な決断に移られても困るのだ。何より、この場で解雇されたり作戦から外されたりするくらいなら、自分も参加してしまったほうがまだ目的からは遠ざからないように思えた。僅かな差でしかないだろうが。
 精一杯言葉を選び、ひと呼吸し、やっと口を開く。
「――ないのは分かりますが、いくらなんでも性急ではありませんか?」
 アンディは答えず、煙草の箱に手を伸ばした。数え間違いが無ければ、話し始めてからこれでもう5本目だ。随分と早いペースで吸っている。この分では、下手をすると彼の収入は殆ど煙草に消えていそうである。
 エルクがそんな馬鹿馬鹿しい連想を振り払おうとこめかみを押さえたちょうどそのとき、ドアをノックする音が響いた。
 伝令兵だろうか? しかし定期伝令の時刻にはまだ早い。となれば来客か、はたまた緊急の伝令か――
「どうぞ」
 先ほどまでと変わらぬ冷静な声でアンディは言った。よく見ればまた煙草の火を消している(今回は半分も吸っていなかった)。
 内心でため息をつきながら、エルクは玄関のほうを振り返る。ドアを開けてやると、入ってきたのは一人の小柄な少女。エルクはそれに見覚えが――
「あっ!」
 あると気づいた瞬間、叫んでいた。
「君は――」
「ごめんなさい!」
 少女――フェリシアは、エルクが言葉をつづけようとしたのを遮るように、手に持っていた財布を差し出し頭を下げてきた。そう、先ほどまさにこの少女に奪われたエルクの財布である。
「あの後親にバレちゃって、それで返しに来たんです! 中身は何も抜いてません。大丈夫です!」
 畳みかけるように言うとエルクの手に財布を押し付け、
「じゃ、あたしはこれで……ほんとすみませんでした」
「待ちたまえ」
 きびすを返してドアノブに手をかけたところを、アンディの声が遮った。
「は、はい……なんですか?」
 ぎこちなく振り返り、問いかけるフェリシア。
 アンディはまた煙草に火を点ける。これは何本目だろう。エルクはもう数えるのをやめていた。というより、どのみち初めからそんなことに意味などなかった。
「親……と。そういったのかね、君は?」
「そうですけど何か?」
 フェリシアの表情が険しくなったのに気づいてか否か。アンディは、自分が話を切り出したことを忘れたかのようにゆっくりと煙を吸い込み、ずいぶんとためてから吐き出す。煙草ごと手を突き出してフェリシアを指差すと、言った。
「《龍の牙》のメンバーは全員親を失っているのではなかったかね?」
「なっ……」
 フェリシアの驚愕は《龍の牙》であると見抜かれていたことに対してか、それとも――
 慌ててドアを開けようとするフェリシアの眼前を、ひとすじの銀光が貫いた。それは、抜き放たれていたエルクの剣。
 フェリシアは恨みがましい目つきでエルクを見上げた。動き出すのに気づいてから剣を抜いて突き出すほどの時間があったとは思えない。完全に想定外の事態だった。
「悪いね。君が十五歳未満ってことはなさそうだ。確か、アルティアの法律では十四歳からが逮捕の範囲、だったよね」
「残念だな、お嬢さん。この建物の内側へ入ってしまった以上、このまま帰れるとは思わないほうがいい。心配する家族もいないのだから問題無いだろう?」
 フェリシアの眼がまっすぐにアンディを睨み付ける。エルクから見ても信じられない、そこいらの小動物なら逃げだしそうなほどの鋭い眼光だった。
「どうして知ってるんですか?」
 アンディは煙草の火を消すと、しばし考えるような素振りを見せたあと、フェリシアの眼を見返して言った。
「何について言っているのか知らんが、何であれ君に話す必要はない」
「そっちになくてもあたしには――」
 と、そのとき、激しいノックの音が響いた。一瞬気をとられたエルクの隙をつき、フェリシアは素早く身を翻して跳び退る。転びそうになるのをこらえながら、二歩でエルクの剣の届く範囲から逃げ出した。
 エルクはフェリシアを見据えたまま、しかしすぐに剣を収めた。どういう判断なのか、フェリシアが考えるより早く、外から朗々とした声が響いてきた。
「レグン警備隊へ王都よりの伝令です!」
 王都の伝令兵だった。定期伝令の時刻ではないのだから、となれば何か緊急の事態だ。剣にかけた手にまだ力が入っていることに気づき、エルクは小さく息を吐いた。
「入れ」
 アンディの声は変わらず冷静だった。動揺という機能を失っているのではないかと、エルクは内心でひとりごちた。
 ドアが開かれ、軽装鎧姿の男が一人入ってくる。男はすぐにフェリシアに気づき、アンディに視線で問いかけた。
「気にしなくてよい。ただのこそ泥だ」
「――!」
 アンディの言葉にフェリシアが目を丸くした。全身全霊で抗議の視線をアンディへ送る。そしてやはり、アンディは当然のようにそれを気にもしていない。
 伝令兵は再びフェリシアに視線を送り怪訝な顔をすると、アンディの執務机の前に立ち、アルティア式の敬礼をした。
「伝令であります!」
 彼の声はよく通り、その一声がこの小さな部屋には一瞬で充満していくようだった。
「昨日午後、ラプロス王国が全世界へ向けての《十三将軍》の派遣を宣言、国王はこれを実質上の宣戦布告である虞もあると判断し、アルティア全土への警戒命令が発せられました!」